知恵の経営

第11回

コスト増覚悟し未来に投資

アタックスグループ(税理士法人、経営コンサルティング)  執筆

 

 中小企業は、独自の「池(市場)」を見つけ出し、自らがその池の「クジラ(圧倒的なシェア・ナンバーワン企業)」になることによって高収益を生み出せるという考え方について、昨年から実例を紹介している。今回は「いい会社をつくりましょう」を社是として、末広がりの安定成長を実現してきた「年輪経営」を標榜(ひょうぼう)する寒天メーカー、伊那食品工業(長野県伊那市)の“池”と“クジラ”を見ていきたい。

 実質的な創業者は、現会長の塚越寛氏だ。社員数は486人(2014年3月時点)、売上高は176億8000万円(13年12月期)。世の中の景気の波には一切左右されずに、常に売上高経常利益率15%前後をキープしている高収益企業である。

 塚越氏は「寒天は『和菓子の原料となる乾物』という消費財にすぎない」と考えられてきた食品業界の既成概念を打ち壊し、寒天を産業財にまで育て上げた。

 塚越氏が社長に就任した当時、寒天は天候によって生産量が大きく変動する相場商品だった。価格が安定しないため、これを取り扱う会社の収益も安定しない低収益の状態が続き、厳しい経営状況にあった。

 会社再建のために塚越氏は、まず寒天の価格を安定させようと考えた。海外を現地調査し、地中海沿岸や南米、韓国・済州島など世界のきれいな海で良質の海藻を収穫することにより、原材料の安定供給体制を確立。こうして最初の難関だった、寒天の市場価格を安定させることに成功した。

 次に、寒天を材料とする新たな需要を生み出さなければならなかった。原材料がいくら安定供給されても、需要が右肩上がりで増大していかなければ、企業としての発展は難しく、とても寒天を産業財にまで育てることはできない。

 寒天の可能性を信じていた塚越氏は、用途開発に力を入れることを決心した。寒天を材料とする新商品を次々と開発し、医薬品やバイオ産業向け、介護食などの新しい市場を開拓していった。新製品を生み出すためには生産ラインの維持とは関係ない研究開発の社員やコストが必要になる。このため、塚越氏は常に全社員の1割を研究開発に充てようと考えた。

 すなわち、全社員の1割の人件費分だけ直接、収益につながらないことを覚悟し、その分を未来に投資すると決めたのだ。こうした努力を積み重ねた結果、継続的に新しい用途を開発できるようになった。

 伊那食品工業が絞り込んだ「池」は、当時の食品業界では非常識極まりない「寒天を材料とする市場」であった。業界内では誰も寒天が産業財になるとは思いつかなかった。塚越氏は社員に創造性の発揮を求め、自社内で次々と寒天の用途を開発して、この「池」を拡大していった。同社が寒天という池のクジラとなったのは、当然の結果ではないだろうか。

                   

                  ◇

<執筆>
アタックスグループ主席コンサルタント 西浦道明
2015年3月18日「フジサンケイビジネスアイ」掲載
 

プロフィール

アタックスグループ

顧客企業1700社、スタッフ170人の会計事務所兼総合コンサルティング会社。「社長の最良の相談相手」をモットーに、東京、名古屋、大阪、静岡でサービスを展開している。


Webサイト:アタックスグループ

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