知恵の経営

第19回

顧客視点のメディカルアート

アタックスグループ(税理士法人、経営コンサルティング)  執筆

 

 独自の「池」(市場)を見つけ出し、その池の「クジラ」(圧倒的なシェア・ナンバーワン企業)となった結果、高収益を獲得している中小企業を紹介している。9回目の今回は、島根県大田市内にあり人口約500人と過疎化が進む大森町地区にあって、堅実にオンリーワンビジネスを続ける義肢装具メーカー、中村ブレイスの池クジラぶりを見ていきたい。

 同社は1974年、中村俊郎社長が創業した。義肢装具は一品一様であり、障害者一人一人に違うものをつくらなければならず、大企業が得意とする量産体制や急速な技術進歩とは縁遠い、時間や手間のかかる仕事である。こうした背景から、地域に根付いた中小企業でも生き残ることができ、今や年商約10億円、経常利益約2億円の規模に成長した。

 中村社長は、業界の誰も気づかなかった「シリコーン」という新素材による義肢装具の製作にいち早く着目。まず、靴の中敷きから始めた。

 シリコーンは微細な穴が開いていて通気性に優れ、臭いがつかない、むれないなど、それまでの革やコルクで作られていたものは比較にならないほどの優れた機能を持つ。医療用ではきめ細かなメンテナンスが必要なため、同業者にケアをしてもらうことが正しいと考え、同業者と共存共栄し、150万個を販売するまでになった。

 さらに93年、「メディカルアート研究所」を開設し、事故や病気で失った耳や鼻など身体の一部を、シリコーンを使いリアルに再現する補正技術の研究開発を本格的に始めた。メディカルアートでは義肢などの製作にアートの視点を取り入れるという、業界の誰もが考えなかった非常識に挑戦し、形状も色合いも驚くほど本物そっくりの手、耳、人工乳房などを製作している。

 人工乳房を製品化した当時、乳がん治療は外科手術によって乳房を切除する方法がほとんどであり、乳房を喪失したことに悩む人が多かった。当時出回っていた輸入品は重く、装着感も良くなかった。患者が違和感なく身につけられる人工乳房を目指して、研究に取り組んだ。

 2002年には、人工肛門用装具を開発した。それまでの輸入品は、かぶれなどの不都合があったが、人工乳房と同じく、徹底的にユーザーの立場から開発に取り組んだ。

 こうしたメディカルアートという、より精巧に質感を再現した一品一様の義肢などの製作は大いに手間がかかり、どの部位でも多額のコストがかかる半面、保険が適用されない。このため中村社長は、ユーザーが何とか支払えそうな10万~20万円という低価格で提供している。

 このように中村ブレイスは、シリコーンの用途開拓をベースに義肢などを開発し、徹底的にユーザー視点に立つことによって、圧倒的に高品質でアートの視点を取り入れた「メディカルアート市場」という「池」を切り開き、その「クジラ」として顧客の感動を創出し続けている。

<執筆>

アタックスグループ 主席コンサルタント 西浦道明

2015年5月13日「フジサンケイビジネスアイ」掲載

 

プロフィール

アタックスグループ

顧客企業1700社、スタッフ170人の会計事務所兼総合コンサルティング会社。「社長の最良の相談相手」をモットーに、東京、名古屋、大阪、静岡でサービスを展開している。


Webサイト:アタックスグループ

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