知恵の経営

第73回

震災被害も解雇ゼロで復活 アタックス研究員・坂本洋介

アタックスグループ(税理士法人、経営コンサルティング)  執筆

 
 4月14、16日と2回も震度7の強い揺れに襲われた熊本地震の影響はまだまだ残っている。被災された方に、心よりのお見舞いを申し上げます。

 今回紹介する阿部長商店(宮城県気仙沼市)も2011年の東日本大震災で未曽有の被害を受けた。しかし、現在は見事復活を果たし、その姿は多くの被災企業を勇気づけている。

 東日本大震災の際、水産事業部の工場9カ所のうち8カ所が全壊、観光事業部のホテルも半壊する大損害を受けた。残った工場・ホテルも電気・水道といったライフラインが回復しなかったため、2カ月以上にわたり稼働できない状況が続いた。

 震災後、幹部社員や役員による経営会議が開かれたが、1人を除く全員の意見は「全員解雇やむなし…。再建ができたら、そのときまた再雇用させてもらおう」というものだった。

 ハローワークの担当者にすら「今は事態が事態、全員解雇すべきです。そうしないと、会社ばかりか転職できない社員も苦しめる」と言われたほどだ。

 最後まで全員解雇やむなしという意見に頑として首を縦に振らなかったのが阿部泰浩社長だ。最終決断日に幹部社員や役員を前に、阿部氏は次のように説明した。

 苦楽を共にしてきた家族同様である社員を誰一人として解雇しない。家どころか家族を失った社員。地域コミュニティーまでも失ってしまった社員の唯一の絆は会社である。
 
 自分たちは決して一人ではない。皆がつながっていれば再起できるかもしれない。この身も心も傷ついたとき、唯一の絆である会社との絆まで引き裂いたなら、社員も家族も気仙沼に生きる意味を奪うことになる。私が社員なら生きられない、生きるも死ぬも皆一緒だ。この決断に不満があるなら、まずは社長である私を解雇せよ。 阿部社長の命がけの決断に、裸一貫ここまで企業を育て上げた創業者であり、阿部社長の実父である会長を含め、反旗を翻す人は誰もいなかった。

 数日後、遠方に居住地を移した社員や、震災で亡くなった社員を除く全員が招集され、阿部社長は「皆さんは家族です、誰一人として解雇しません、一日も早く全員がまた一緒に働けるように頑張りましょう」と話した。

 2カ月間ほとんど稼働できず、実質ゼロだった売上高は、1年後には86億円と震災前の6割にまで回復、それが4年後には130億円、社員も560人と、残った社員の大半が阿部長商店に戻った。

 熊本地震で被害に遭った多くの企業が、難しい決断を迫られることになる。だがその中で、阿部長商店が進めた取り組みは、企業復活に向けた何かしらの参考になるだろう。
 <執筆>
 アタックス研究員・坂本洋介
 2016年6月8日 「フジサンケイビジネスアイ」掲載
 

プロフィール

アタックスグループ

顧客企業1700社、スタッフ170人の会計事務所兼総合コンサルティング会社。「社長の最良の相談相手」をモットーに、東京、名古屋、大阪、静岡でサービスを展開している。


Webサイト:アタックスグループ

知恵の経営

同じカテゴリのコラム

おすすめコンテンツ

商品・サービスのビジネスデータベース

bizDB

あなたのビジネスを「円滑にする・強化する・飛躍させる」商品・サービスが見つかるコンテンツ

新聞社が教える

プレスリリースの書き方

記者はどのような視点でプレスリリースに目を通し、新聞に掲載するまでに至るのでしょうか? 新聞社の目線で、プレスリリースの書き方をお教えします。

広報機能を強化しませんか?

広報(Public Relations)とは?

広報は、企業と社会の良好な関係を築くための継続的なコミュニケーション活動です。広報の役割や位置づけ、広報部門の設置から強化まで、幅広く解説します。