1月31日(火)読売新聞朝刊に金融庁森信親長官のインタビューが掲載されていたので、今回はその記事からの示唆を考えてみたいと思います。
デフレ脱却を目指して中小企業を支援する
森長官は、まず、デフレから脱却するためには地方の銀行が企業の生産性向上を助けることがカギだと述べています。デフレ脱却のためには、一つには日本銀行による貨幣供給量増加という策が執られましたが、もう一方で貨幣を使う側を元気にする策も必要との指摘でしょう。その両輪がかみ合ってデフレ脱却が成就すると思われます。
では、銀行が企業の生産性向上を助けるとはどういうことか?これについて森長官は、銀行が賢くリスクを取って借り手となる企業の経営改善を支援することだと述べています。それには「目利き力」を高めることが必要とも述べています。
日本型金融排除
では、実態はどうなっているか?これについては昨年10月に発表された「金融行政方針」から見て取ることができるでしょう。そこでは、銀行と中小企業が持つそれぞれの認識が原因で、支援が必要な企業に融資がなされていない(日本型金融排除)と指摘されています。銀行側の「融資可能な貸出先が少なく、銀行間の金利競争が激しい」という認識、そして顧客(中小企業)側の「銀行は担保・保証が無いと貸してくれない」という認識です。
これらの認識がなぜ、融資を邪魔しているのでしょうか?銀行側の認識(誤解)は、「担保・保証がなくても事業に将来性があるから支援の対象になる企業は存在する」、もしくは「信用力は高くないが地域になくてはならないため是非とも支援しなければならない企業が存在する」という事実を見えなくしています。
中小企業側の認識(誤解)は、「我が社は担保・保証はないけれども事業に将来性があることを理解してもらえば、融資を受けられる可能性がある」、もしくは「我が社は地元企業や住民への貢献などから地域になくてはならない企業なので、是非とも事業を継続したい。そのために周囲からの支援を受けながら自助努力したいという意思があることを理解してもらえば、融資を受けられる可能性がある」という可能性を見えなくしています。
事業を見てリスクをとる
この点について、森長官は銀行に対して、財務の健全性だけでなく、事業をよく見るように勧めています。財務は過去のものである一方で事業には将来があるので、財務と事業の両方をみることが必要とも述べています。
先ほど、森長官は銀行に対して「リスクをとるように」と勧めていましたが、このことには2つの意味があると思われます。一つは「敢えてリスクをとる」という意味、もう一つには「とれるリスクだと納得してとる」という意味です。今までは担保や保証、もしくは過去から現在に至る実績などから「リスクはほとんどない」という先にしか融資してこなかった銀行があるとすれば、それを一歩踏み込んでリスクをとることも、もちろん必要でしょう。
一方で「とれるリスクだと納得してとる」ことも重要だと思われます。「とれるリスクだと納得してとる」とは、リスクコントロールが可能であると考えるということです。リスクの原因となっている企業の弱点をカバーする支援ができるかもしれません。リスクが問題にならないほどのベネフィットが得られるよう、企業の長所を活かせるようにする支援ができるかもしれません。
リスクをコントロールする
このような支援の中で、銀行ができることも少なくなさそうです。弱点をカバーしたり長所を活かしたりすることは、多くの場合、他企業との連携により実現します。相乗効果が生まれそうな連携先企業を紹介することは、顧客企業の可能性を高めるばかりか、銀行にとってのリスクコントロールになるのです。顧客企業について、相手企業を単体で分析するだけでなく、より高い観点からの観察力でもって周囲との関連を見極めたり、フォローとして自分たちのできることを検討する力のことも合わせて、森長官は「目利き力」と言っているのではないでしょうか。
中小企業が学べること
森長官が新聞で発したメッセージは銀行に向けてのものと思われますが、このメッセージから中小企業も、示唆を得ることができると思われます。「銀行は、すごく好調か、担保・保証を提供できる(信用保証を含む)企業でなければ貸してくれない」という認識に囚われる必要はありません。では逆に好調でなくても、担保・保証を提供できなくても融資してくれるはずと見込んで良いかというと、そうでもないでしょう。そういう企業はリスクが高い企業です。金融庁は銀行に「リスクをとれ」と言っていますが、「むやみにとって良い」、「貸し倒れても構わない」と言っている訳ではありません。
では、どうすれば良いのでしょうか?先ほど銀行にはリスク・コントロールが大切だと申しました。企業を知って、企業の強みを活かしたり短所をフォローすることにより、リスクを軽減するのです。しかし銀行がそうしたくても、中小企業の方が情報開示しなければ強みや短所を知ることもできません。連携先を伝えても消極的なら、リスク・コントロールできないのです。
コントロールできるリスクになる
とすると、中小企業は、この部分を積極的に行うことによって融資を受けられる可能性が高まると言えるでしょう。コントロールできるリスクになるとでも、言いましょうか。「我が社は担保・保証はないけれども、事業に将来性がある」ことや「我が社が地元企業や住民へ貢献している、もしくは多くの雇用を創出するなどして地域にとってなくてはならない」ことを伝えるとともに、銀行が提供する支援策を受け入れ実行して成果に繋げていく心積りがあることを説明し、理解してもらうことによって融資を受けられる可能性が高まるのです。
森長官のメッセージは、表向きには銀行に向けられたものではありますが、実際には企業も歩み寄りの姿勢を見せることによって初めて実効性があがるのではないかと考えられます。
プロフィール

落藤伸夫(おちふじ のぶお)
中小企業診断士事務所StrateCutions代表
合同会社StrateCutionsHRD代表
事業性評価支援士協会代表
中小企業診断士、MBA
日本政策金融公庫(中小企業金融公庫~中小企業信用保険公庫)に約30年勤務、金融機関として中小企業を支えた後、事業改善手法を身に付け業務・経営側面から支える専門家となる。現在は顧問として継続的に企業・経営者の伴走支援を行っている。顧問企業には財務改善・資金調達も支援する。
平成27年に「事業性評価」が金融庁により提唱されて以来、企業にも「事業を評価してもらいたい。現在の状況のみならず将来の可能性も見越して支援してもらいたい」との意識を持ち、アピールしてもらいたいと考えて『「事業性評価」が到来!あなたは資金調達できますか?』コラムを連載(2017年1月スタート)。当初は読者として企業経営者・支援者を対象していたが、金融機関担当者にも中小企業の事業性評価を支援してもらいたいと考え、2024年1月からは『「事業性評価」が到来!あなたは資金調達できますか?plus』として連載を再スタートさせた。
現在は金融機関職員研修も行うなど、事業改善と金融システム整備の両面からの中小企業支援態勢作りに尽力している。
【落藤伸夫 著書】

『日常営業や事業性評価でやりがいを感じる!企業支援のバイブル』
さまざまな融資制度や金融商品等や金融ルール、コンプライアンス、営業方法など多岐にわたって学びを続けながらノルマを達成するよう求められる地域金融機関渉外担当者が、仕事に意義を感じながら楽しく、自信とプライドを持って仕事ができることを目指した本。渉外担当者の成長を「日常営業」、「元気な企業への対応」、「不調な企業への対応(事業性評価)」、「伴走支援・経営支援」の5段階に分ける「渉外成熟度モデル」を縦軸に、各々の段階を前向きに捉え、成果を出せる考え方やノウハウを説明する。
Webサイト:StrateCutions